レコーディング・写真撮影・映像編集:花海ゆりな



享保3年正月 森田座にて 二代目 市川団十郎さん 自作自演作品 市川家十八番の内 外郎売 歌舞伎年代記 台詞より



*** 台詞 ***

 拙者親方と申すは、御立會の中に御存じのお方もござりませうが、お江戸を立つて二十里上方、相州小田原一しき町をお過ぎなされて、青物町を登りへお出でなさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今は剃髪いたして、圓齋と名乗りまする。

 元朝より大晦日までお手に入れまする此の薬は、昔ちんの國の唐人ういらうといふ人、我が朝に來り、帝へ参内の折から、此の薬を深く籠め置き、用ゆる時は一粒づゝ冠の透間より取り出だす。依て其の名を帝より透頂香と給はる。即ち文字は透き、頂く、香と書いてとうちんかうと申す。只今は此の薬殊の外世上に弘まり、ほうぼうに偽看板を出だし、イヤ小田原の灰俵のさん俵の炭俵のといろいろに申せども、平假名を以てういらうと致せしは親方圓齋ばかり、若しや御立會の中に、熱海か塔の澤へ湯治にお出なさるゝか、又伊勢御參宮の折からは、必らず門違ひなされまするな。お上りならば右の方、お下りなれば左側、八方が八棟、表が三ツ棟玉堂造り、破風には菊に桐の薹の御紋を御赦免あつて、系圖正しき薬でござる。

 イヤ最前より家名の自慢ばかり申しても、御存じない方には、正身の胡椒の丸呑、白川夜舟。さらば一粒たべかけて、其の氣味合をお目に懸けませう。先ず此の薬を斯様に一粒舌の上へ載せまして、腹内へ納めますると、イヤどうもいへぬは、胃心肺肝が健やかに成つて、薫風咽喉より來り、口中びりやうを生ずるが如し、魚、鳥、木の子、麺類の喰合せ、其の外萬病即効あること神の如し。

 扨此の藥、第一の奇妙には、舌の廻ることが錢ごまが跣足で迯る。ひよつと舌が廻り出すと、矢も楯もたまらぬぢや。

 そりやそりやそらそりや廻つて來たわ、廻つて來るわ。あわや咽喉、さたらな舌にかげさしおん、はまの二ツは唇の輕重、かいこふ爽に、あかさたな、はまやらわ、おこそとの、ほもよろを。一ツへぎへぎにへぎほし、はじかみ、盆まめ盆米ぼんごぼう。摘蓼つみ豆つみ山椒、書寫山の社僧正。こゞめのなま噛、小米のなま噛、こん小米のこなまがみ、繻子ひじゆす繻子繻珍。親も嘉兵衛子も嘉兵衛、親嘉兵衛子かへえ子嘉兵衛親かへえ。古栗の木のふる切口、雨合羽かばん合羽か、貴様の脚袢も皮脚袢、我等が脚袢も皮脚袢。しつかわ袴のしつぽころびを、三針はりながにちよと縫ふて、ぬふてちよとぶんだせ。かはら撫子野石竹、のら如來のら如來、みのら如來、むのら如來。一寸のお小佛に、お蹴つまづきやるな、細溝にどぢよによろり。京のなま鱈、奈良なま學鰹、ちよと四五貫目。おちや立ちよ茶立ちよ、ちやつと立ちよ茶立ちよ、青竹茶筅でお茶ちやつと立ちや。來るわ來るわ何が來る、高野の山のおこけら小僧、狸百疋箸百ぜん、天目百ぱい棒八百本。武具馬具ぶぐばぐ三ぶぐばぐ、合て武具馬具六ぶぐばぐ。菊栗きくゝり三きくゝり、合て菊栗六きくゝり。麦ごみむぎごみ三むぎごみ、合て麦ごみ六むぎごみ。あのなげしの長薙刀は誰が長薙刀ぞ。向ふのごまがらは荏の胡麻殻か眞胡麻殻か、あれこそほんの眞胡麻殻。がらぴいがらぴい風車、おきやがれこぼし、おきやがれこぼおし、ゆんべもこぼして又こぼした。たあぷぽゝ、たあぷぽゝ、ちりからちりからつつたつぽ、たつぽたつぽ干だこ、落ちたら煮て食を。煮ても焼いても喰はれぬものは、五徳、鐵きう、かな熊どうじに、石熊、石持、虎熊、虎ぎす。中にも東寺の羅生門には、茨木童子が、うで栗五合、掴んでおむしやる。かの頼光の膝元去らず。鮒きんかん、椎茸、定めてごだんな、そば切そうめん、うどんか、愚鈍なこ新發知。小棚の小下の小桶に小味噌がこあるぞ、こ杓子こもつて、こすくつてこよこせ。おつと合点だ、心得たんぼの川崎、かな川、程がや、とつかは走つて行けば、灸を摺りむく。三里ばかりか、藤澤、平塚、大磯がしや、小磯の宿を、七ツ起きして早天さうさう、相州小田原透頂香。隠れござらぬ、貴賤群集の花のお江戸の花ういらう。あれあの花を見て、お心をお和らぎやあといふ。

 産子這子に至るまで、此のういらうの御評判、御存じないとは申されまいまいつぶり、角出せ棒出せぼうぼう眉に、臼杵擂鉢、ばちばちぐわらぐわらぐわらと、羽目を外して今日御出での何れ茂様に、あげねばならぬ賣らねばならぬと、息せい引張り、東方世界の藥の元締、藥師如來も上覧あれと、ホゝ敬つて、ういらうはいらつしやりませぬか。

*** 台詞 読み方 ***

 せっしゃおやかたとまうすは、おたちあひのうちにごぞんじのおかたもござりませうが、おえどをたつてにじゅうりかみがた、さうしうおだはらいつしきまちをおすぎなされて、あおものちやうをのぼりへおいでなさるれば、らんかんばしとらやとううゑもん、たゞいまはていはついたして、ゑんさいとなのりまする。

 ぐわんてうよりおほつごもりまでおてにいれまするこのくすりは、むかしちんのくにのたうじんういらうといふひと、わがてうにきたり、みかどへさんだいのをりから、このくすりをふかくこめおき、もちゆるときはいちりふづゝかんむりのすきまよりとりいだす。よつてそのなをみかどよりとうちんかうとたまはる。すなわちもんじはすきいただくにおひとかいてとうちんかうとまうす。たゞいまはこのくすりことのほかせじやうにひろまり、ほうぼうににせかんばんをいだし、いやおだはらのはいだはらのさんだはらのすみだはらのといろいろにまうせども、ひらがなをもつてういらうといたせしはおやかたえんさいばかり、もしやおたちあひのうちに、あたみかたうのさわへとうじにおいでなさるゝか、またいせごさんぐうのおりからは、かならずかどちがひなされまするな。おのぼりならばみぎのかた、おくだりなればひだりがは、はっぽうがやつむね、おもてがみつむねぎょくだうづくり、はふにはきくにきりのとうのごもんをごしゃめんあつて、けいづただしきくすりでござる。

 いやさいぜんよりかめいのじまんばかりもうしても、ごぞんじないかたには、しゃうじんのこせうのまるのみ、しらかわよふね。さらばいちりふたべかけて、そのきみあひをおめにかけませう。まずこのくすりをかようにひとつぶしたのうえへのせまして、ふくないへおさめますると、いやどうもいへぬは、いしんはいかんがすこやかになつて、くんぷうのんどよりきたり、こうちうびりやうをせうずるがごとし、うを、とり、きのこ、めんるゐのくいあはせ、そのほかまんびょうそつこうあることかみのごとし。

 さてこのくすり、だいいちのきめうには、したのまわることがぜにごまがはだしでにげる。ひよつとしたがまはりだすと、やもたてもたまらぬぢや。

 そりやそりやそらそりやまはつてきたわ、まわつてくるわ。あわやのんど、さたらなぜつにかげさしおん、はまのふたつはくちびるのけいちょう、かいこふさはやかに、あかさたな、はまやらわ、おこそとの、ほもよろを。ひとつへぎへぎにへぎほし、はじかみ、ぼんまめぼんごめぼんごぼう。つみたでつみまめつみざんしょ、しょしゃざんのしゃそうぜう。こゞめのなまがみ、こごめのなまがみ、こんこごめのこなまがみ、しゅすひじゆすしゅすしゅちん。おやもかへゑこのかへゑ、おやかへゑこかへえこかへゑおやかへえ。ふるくりのきのふるきりくち、あまがっぱかばんがっぱか、きさまのきゃはんもかわきゃはん、われらがきゃはんもかわきゃはん。しつかわばかまのしつぽころびを、みはりはりながにちよとぬふて、ぬふてちよとぶんだせ。かはらなでしこのぜきちく、のらにょらいのらにょらい、みのらにょらい、むのらにょらい。いちすんのおこぼとけに、おけつまづきやるな、ほそみぞにどぢよによろり。きょうのなまだら、ならなままながつお、ちよとしごくわんめ。おちやたちよちゃたちよ、ちやつとたちよちゃたちよ、あおたけちゃせんでおちゃちやつとたちや。くるわくるわなにがくる、かうやのやまのおこけらこぞう、たぬきひゃくぴきはしひゃくぜん、てんもくひゃつぱいぼうはつぴゃっぽん。ぶぐばぐぶぐばぐみぶぐばぐ、あはせてぶぐばぐむぶぐばぐ。きくゝりきくゝりみきくゝり、あはせてきくゝりむきくゝり。むぎごみむぎごみみむぎごみ、あはせてむぎごみむむぎごみ。あのなげしのながなぎなたはたがながなぎなたぞ。むかふのごまがらはえのごまがらかまごまがらか、あれこそほんのまごまがら。がらぴいがらぴいかざぐるま、おきやがれこぼし、おきやがれこぼおし、ゆんべもこぼしてまたこぼした。たあぷぽゝ、たあぷぽゝ、ちりからちりからつつたつぽ、たつぽたつぽひいだこ、おちたらにてくを。にてもやいてもくはれぬものは、ごとく、てつきう、かなくまどうじに、いしくま、いしもち、とらくま、とらぎす。なかにもとうじのらしゃうもんには、いばらぎどうじが、うでぐりごんがう、つかんでおむしやる。かのらいくわうのひざもとさらず。ふなきんかん、しいたけ、さだめてごたんな、そばきりそうめん、うどんか、ぐどんなこしんぼち。こだなのこしたのこをけにこみそがこあるぞ、こしゃくしこもつて、こすくつてこよこせ。おつとがてんだ、こゝろえたんぼのかわさき、かながわ、ほどがや、とつかははしつてゆけば、やいとをすりむく。さんりばかりか、ふじさは、ひらつか、おほいそがしや、こいそのしゅくを、なゝつおきしてさうてんさうさう、さうしうおだはらとうちんかう。かくれござらぬ、きせんぐんじゅのはなのおえどのはなういらう。あれあのはなをみて、おこゝろをおやわらぎやあといふ。

 うぶこはうこにいたるまで、このういらうのごひゃうばん、ごぞんじないとはまうされまいまいつぶり、つのだせぼうだせぼうぼうまゆに、うすきねすりばち、ばちばちぐわらぶわらぶわらと、はめをはずしてこんにちおいでのいずれもさまに、あげねばならぬうらねばならぬと、いきせいひつぱり、とうほうせかいのくすりのもとじめ、やくしにょらいもじゃうらんあれと、ほゝうやまつて、ういらうはいらつしやりませぬか。