大学対抗簿記大会が終わり、私はヴォイストレーニングと並行して簿記1級の勉強を始めました。

A先輩の私に対する接し方に違和感を感じ、告白を後悔していた私。

そんな私の相談にのってくれていたA先輩の1つ年上のB先輩(仮)に簿記の疑問点を聞く機会が増えました。

B先輩は私のことをすごく気にかけてくれていて、好意を持ってくれているのは感じていました。

何回か私とA先輩とB先輩の3人で勉強会をやって、2人の先輩を独占して教えてもらえる機会があって・・・。

私はA先輩が好き、B先輩は私に好意をもっている、B先輩は私がA先輩のことが好きということを知っている。

好きな人と、好かれている人と一緒に勉強する時間。複雑な状況でしたが、私は幸せでした。

ある日、私はA先輩に聞きづらくなった簿記の疑問点を聞きに、B先輩のお家の近くのファミレスに行き、勉強を教えてもらいました。

その帰り道、B先輩から告白されました。

A先輩から冷たくされていた私にとって、B先輩に好かれていたことは救いでした。

告白したことを後悔して・・・すごく辛かったから。

その後、しばらくしてから、B先輩の優しさに心動かされ、B先輩とお付き合いをすることに決めました。

告白の返事をした次の日の2011年3月11日、東日本大震災が起きました。

地震発生時、私は大学の帰り道で電車の中にいたのですが、電車が左右にかなり揺れたので、倒れるかと思ったくらい怖かったです(;m;)みんな動揺していました。

新浦安駅に着く少し手前で電車が停まっちゃったので、真ん中の車両の人から順に線路へ降りて行きました。

新浦安駅まで歩いて行ったものの、降りたことのない駅。

駅前は、道路が陥没して、タクシーも陥没していました。

私はどこに行けばいいのかわからず、途方に暮れました。

独りぼっちで心細くて。

コンビニは人で満員。レジは行列。品物が全てない。

取りあえず避難所を探すものの、避難所がどこにあるかさえわからない。

やみくもに歩いていたら、ある学校の体育館を発見。

そこに避難してきた人がたくさんいたので、私もとりあえずそこにとどまることに。

たまたま携帯の充電器を持っていたので、体育館のコンセントを探し出して充電しながらひたすら電話をかける私。

母親と電話がつながったのはよかったものの、車で来てもらうにも遠すぎる。でも、母親と話した結果、迎えにきてもらうことに。海沿いだから、津波の危険性もあるし、母親も命がけだったと思います。

母親が来てくれるまでの間に、トイレにどうしても行きたくなった私は、仮設トイレを使うことに。

仮設トイレは、便器に、大きなビニール袋を取り付けただけのもの。もちろん、流すことはできないので、ものすごく臭い。

でも、そこで用をたさなければいけなかったので、仕方なくすることに。

体育館には家族連れで避難してきた人が多く、独りぼっちの人は少なかったです。

その夜、体育館で一夜を過ごさなければならなかった私は、並んで毛布を受け取り、体育館で雑魚寝。

背中は痛いし、心細くて怖かったです。

でも、親がくる間、彼と電話をしたりもしていたので、気が紛れました。

避難所で出会った優しい人が、「こっちおいで~。」と言ってくれたのには、本当に救われました。

とてもありがたくて、人の優しさを感じた瞬間でした。

母親が着いたのは、明け方。通常2時間で来れるのに12時間かかったと言っていました。

千葉県は工場の爆発とかもあったようで、本当命がけだったと思います。ありがとうね。

母親が無事着いたのはよかったものの、大きい車で来たせいで、どこか狭い道で擦ったらしく、車のドアを開けたはいいけど、閉まらないというハプニング発生!笑

母親が無理矢理閉めて、「バキッ!」と鳴りつつも、何とか閉まったので、そのまま家に向かう私たち。

母親、往復何時間運転したんだろ?本当に大変だったと思います。親の愛情を深く感じました。

あの時お世話になった皆様と迎えに来てくれた母に心より感謝申し上げます。